2024年11月29日金曜日

2024年10月 第18回 陰陽道史研究の会 記録

日時:20241019日(土)~20日(日)

1日目 午前~昼過ぎ 福井県立若狭歴史博物館を自由見学

若狭歴史博物館では陰陽道の歴史をテーマに通史を扱っていました。今回が初披露となる南都陰陽師、中尾家が所有していた祭壇や神棚が展示され、その他にも名田庄の陰陽師であった西家の許状など、民間の陰陽師を考える上で興味深い史料が展示されていました。

午後2時~4時過ぎまで研究発表が行われ、木下琢啓氏が「近代陰陽道(土御門神道)復興過程の調査」、平陽介氏が「心経会における陰陽道と陰陽師について」をテーマにお話しいただきました。報告についてはそれぞれの報告要旨(下記)をご参照ください。

 2日目 午前9時 

参加者は各自路線バス(流星号)や自家用車でおおい町名田庄、白矢の集落に集合後、天社土御門神道本庁に御挨拶しお話を拝聴しました。天壇、泰山府君社跡などを見学後、土御門家墓所や加茂神社を巡検。各地点では木下氏や梅田千尋氏が解説し参加者は理解を深めました。白矢での巡検は全体で1時間程でした。その後、白矢から暦会館へ移動し館内の見学を行いました。暦会館学芸員の山田虹太郎氏による展示解説、映像による館内の概要説明、また山田氏所蔵の暦や占いの解説書である大雑書コレクションを閲覧しました。暦会館では谷川左近家所蔵の土御門久脩天変勘文案、土御門泰重漢詩、都状、許状などが展示されていたほか、陰陽師が作成に携わっていた暦について版木や大小暦が展示され、明治の改暦以降の引き札暦から現代の生活に身近なカレンダーになるまでの品を見る事が出来ました。

 ※なお、天社土御門神道本庁では常にお話を伺えるとは限らないためご注意ください。また天壇や泰山府君社跡は天社土御門神道本庁の敷地内であり、良識ある行動をお願いいたします。 

12時に暦会館からチャーターバスや自家用車で移動し、おおい町の道の駅うみんぴあ大飯で昼食、その後おおい町立郷土史料館に向かいました。おおい町郷土資料館では、主に福井県に伝わっている晴明伝承に関する展示となっていました。

本来であれば、同館で斎藤英喜氏による講演会が企画されており、参加者は聴講する予定でいましたが、94日に同氏が逝去されたため、館内の自由見学のみとなりました。

(文責:鈴木耕太郎・山田虹太郎・梅田千尋)

 

【報告要旨】

*平陽介「心経会における陰陽道と陰陽師について」

  心経会とは、般若心経の読誦や講説あるいは書写を核としつつ、その他の要素を併せ持つ複合的な仏教儀礼である。11世紀以来各地の寺社で行われ、主に除疫や防疫を目的としていた。心経会の中には陰陽師あるいは陰陽道と密接な関係にあった事例が複数存在する。

 まず心経会と陰陽師の関係についてだが、大和国の興福寺と法隆寺、そして豊前国の宇佐宮と薦社の心経会に陰陽師が深く関わっていた。四事例ではいずれも行疫神が祀られていたと考えられる。また興福寺と宇佐宮は全く別の地域に所在するにもかかわらず、陰陽師の役割は両事例とも神前で祭文・祝詞を読誦することであった。以上二つの共通点から、心経会に陰陽師が関与した理由は、疫神祭祀を担うためであったと考えられる。

 次に心経会と陰陽道の関係についてだが、心経会史料の一部には陰陽道と縁の深い行疫神に関する記述が散見されるものがある。高野山大学図書館所蔵の『心経会法則』は心経会に際してカンジョウナワと灌頂板が作成されていたことを裏付ける興味深い史料であり、同書の敬白文や灌頂板書次第には天刑星や牛頭天王といった行疫神の名称が確認できる。前述したように心経会と疫神祭祀は深く関わっており、行疫神に対して祈りを捧げることで、除疫や防疫を祈願したと考えられる。なおカンジョウナワと灌頂板を伴う心経会は、佐渡島に点在する複数の寺社で実際に行われていたようである。

 陰陽師が心経会に関わる理由も、行疫神が心経会で重視される理由も、除疫や防疫を目的に心経会が行われていたことに求められる。(文責:平陽介)

 

木下琢啓「近代陰陽道(土御門神道)復興過程の調査」

木下は「近代陰陽道(土御門神道)復興過程の調査」と題し、ライフワークとして取り組んでいる、明治三年閏十月に発令された「天社禁止令」、いわゆる陰陽道禁止令以後の土御門家と“元”配下陰陽師たち動向と土御門神道存続を如何に図ったかについての調査報告を、写真資料を多数用いておこなった。

禁止令による土御門家の陰陽道宗家地位喪失は、同時に全国の配下が「陰陽師」の職を失う事でもあった。長年「本所」土御門家に属す配下陰陽師として諸々の特権を許されていた彼らは一転困窮し、土御門家へその実状を訴える。そこで若杉家など土御門家旧家臣たちは、新時代に即した陰陽師の形を模索。まず管理機関として「陰陽道取締本所」を置き、近代的教育システムである学校制度を使って、陰陽師を占い師であると同時に倫理規範の遵守者として育成する機関「易学講究所」の創立構想を計画していた事を、若杉家文書に残る各資料から紹介した。

土御門家旧家臣による各構想は土御門家当主 土御門晴栄の離脱で頓挫するも、陰陽道復興の機運は別の形で残り、「高嶋易断」の高嶋嘉右衛門も陰陽寮再興を訴えた。当の土御門家は陰陽道再興を近畿地方の歴代組陰陽師の子孫、さらに縁戚の三室戸家を経由して社団法人大日本陰陽会に託し、歴代組陰陽師は「土御門神道同門会」へと発展、大日本陰陽会は土御門家の奉祀する天社宮護持に寄与する事で戦後の土御門神道の復興までを切り抜けた。氏はその経緯も貴重資料を示して紹介した。

最後に、戦後から現在に至るまでの土御門神道の沿革、さらに将来に陰陽道の伝統を継承する土御門神道をどう遺していくかについても問う形で発表を締めくくった。(文責:木下琢啓)

 

 

2024年9月18日水曜日

斎藤英喜さんを偲ぶ

 本会呼びかけ人の一人である斎藤英喜さんは、かねてより病気療養 中のところ、2024年9月4日午後7時26分、左内頸動脈瘤破裂による、くも膜下出血・脳幹出血により永眠しました。ここに謹んで追悼いたします。

2015年5月頃、斎藤さんと山下との間で、陰陽道研究者の集まりをやってみたいという話が出ました。その年10月18日夕方、法金剛院・花園今宮神社の見学を終えた斎藤さん・山下と赤澤・梅田が京都駅近くで合流し、その場で瞬く間に参加者への呼びかけ・会場・開始時期など研究会の計画が具体化しました。
第一回目の研究会について斎藤さんのブログでは、下記の様に記されていました。

https://ameblo.jp/susano-saito/entry-12141498647.html
2016年3月21日 「陰陽道史研究の会」の第一回、旗揚げ研究会
まず土曜日は東京の大東文化会館で、「陰陽道史研究の会」の第一回、旗揚げ研究会。
陰陽道史の研究者が一緒に研究する場が必要ではないか、ということで山下克明先生を筆頭に、梅田千尋、赤澤春彦、それに僕の四人が「呼びかけ人」となって立ちあげた会です。
最初は10人ぐらいかなと思っていたら、予想に反して30人近い「陰陽道」の研究者の方たちが大結集しました。
以下、報告内容。
 ・山下克明「陰陽道研究の現状と課題、管見」
 ・赤澤春彦「中世陰陽道研究の覚書」
 ・梅田千尋「近世陰陽道研究の現状と課題」
 ・斎藤英喜「陰陽道の「宗教性」をめぐる研究史の整理」
会のあとの懇親会も、たいへん盛り上がりました。やはり「孤立」している陰陽道研究者にとって、こういう会を始めることの要望が強かったんだな、とあらためて思いました。でも、孤立したもの同志の「ぬるま湯」にならないように。
懇親会のあとの二次会も、楽しかったです。
思い出すと、去年の五月に、三条通りの大将軍神社で山下先生とお会いして、いろいろと話したことが、そもそもの始まりだったような(笑)
(以下略)


その後、年2回のペースで、東京と京都で会を重ねてきました。陰陽道研究の集約と情報交換の場として、論集・展示など様々な成果につなげることができました。
次回の第18回研究会では闘病を終えられた斎藤さんの御講演を拝聴し、快気祝いを兼ねて若狭の海の幸を楽しむ予定でした。が、実現には至りませんでした。
本会が、宗教学・歴史学・国文学・民俗学など様々な学問分野の研究者の参加を得られましたのも、分野を超える根源的な問いを発信してこられた、斎藤さんの魅力の賜物です。大きな構想を完成させる、その志半ばでのご逝去は、残念という言葉では言い尽くせません。
安倍晴明・いざなぎ流・折口信夫・大嘗祭…と広がる斎藤さんの神話的宇宙の中でも、陰陽道とその神々は、全てを結ぶ要だったのではないかと推察します。
現在は、自由に宇宙を駆け巡っておられるであろう斎藤さんの御遺志をこれからも引き継いでいく場として、研究会を継続していきたいと考えています。


陰陽道史研究の会 呼びかけ人  山下克明・赤澤春彦・梅田千尋

2024年9月1日日曜日

【企画展示】福井県若狭地方の3博物館/資料館で「陰陽師とは何者か」展が開かれます

 特別展 「陰陽師とは何者か」

令和6年10月5日(土)~11月4日(月)
福井県立若狭歴史博物館(福井県小浜市)
おおい町立郷土資料館    (大飯郡おおい町成和)
おおい町暦会館     (おおい町名田庄)
※3館同時併催です


 昨年10月~12月にかけて、国立歴史民俗博物館(千葉県佐倉市)で開催した特別展「陰陽師とは何者か ーうらない、まじない、こよみをつくるー」は大変な反響をいただき、多くの方にご来場いただきました。
 今回、その「陰陽師とは何者か」展は安倍晴明の子孫である土御門家ゆかりの地が点在する福井県西部の若狭地域、大飯郡にある3つの博物館・資料館にて開催される事となりました。
 会期中には講演会やイベント、また入館者プレゼントなどを用意している館もありますので、振るってご来館ください。

特別展「陰陽師とは何者か」 全会場情報

第1部:陰陽師のあしあと
 福井県立若狭歴史博物館  福井県小浜市遠敷2丁目104   

・第2部:安倍晴明ものがたり
 おおい町立郷土資料館   福井県大飯郡おおい町成和2-1-1

・第3部:暦とその文化
 おおい町暦会館  福井県大飯郡おおい町名田庄納田終111‐7
ホームページ https://ooi-koyomi.info/

 

 暦会館のある名田庄納田終地区は中世に京の戦乱を避けて、土御門家が疎開した地であり、当地に3代に渡って居住しました。
 そして現在は、陰陽道の系譜にある「土御門神道(天社土御門神道,安家神道)」を今に継承している天社宮天社土御門神道本庁 を始め、旧安倍氏屋敷跡地に建つ「泰山府君社」および諸祠と祭祀場「天壇」、当地に居住した土御門家三代の当主墓所(安倍氏三卿墓所)、薬師堂、十王堂、加茂神社といった一連の「土御門史蹟」があります。本展示会観覧の後は足を延ばして史蹟散策をしてみてはいかがでしょうか。




【併催講演会①】
『土御門家と名田庄について(仮題)』講師:梅田千尋(京都女子大学教授)
日時:10月6日(日) 13:00~14:30
会場:里山交流センター ぶらっと
福井県大飯郡おおい町名田庄久坂3-21-1
お問い合わせ先:0770‐67‐3250



【併催講演会②】
 『(演題未定)』 講師:小池淳一(国立歴史民俗博物館教授)
日時:10月26日(土) 13:30~15:00
会場:福井県立若狭歴史博物館
福井県小浜市遠敷2丁目104
お問い合わせ先:0770‐56‐0525


★情報は順次更新していく予定です☆



2024年8月27日火曜日

2024年 4月  第17回陰陽道史研究の会 記録

日時:2024年4月20日(土)

午前 10:00-11:00頃 京都市下京区 梅小路巡検

午前中は、京都市下京区梅小路付近(土御門家菩提寺梅林寺と江戸時代の土御門屋敷跡)を見学しました。

宝暦改暦に観測に用いられた圭表土台や門人組織である福寿講寄進の手水鉢のほか、普段拝見出来ない本堂や土御門家代々の墓所、そしてその現状について詳しく御話頂きました。土御門家代々の御位牌が丁寧に守られている様子が印象に残りました。お土産の竹燈籠まで頂き、得がたい思い出となりました。梅林寺様には改めて御礼申し上げます。

*なお、梅林寺は通常非公開です。下記団体などでツアー企画がありますので、ご関心のある方は、これらの機会をお探し下さい。

京都先年天文学街道 http://www.tenmon.org/?page_id=38

*梅小路巡検について、吉川弘文館『本郷』173号に中島和歌子さんが「安倍晴明の子孫の屋敷跡」と題して寄稿されています。

https://www.yoshikawa-k.co.jp/pr_hongou

中島和歌子『陰陽師の平安時代―貴族たちの不安解消と招福』吉川弘文館 歴史文化ライブラリー は6月に発売されました。
https://www.amazon.co.jp/dp/4642306013


午後:13:30-17:30 佛教大学紫野キャンパス 15号館

中村一輝氏「飽波神社の正月神事とその由緒」

奈良県生駒郡安堵町に鎮座する飽波神社( 旧牛頭天王社) では明治初頭まで年初に篝火や

松明を用いて除災招福を祈る「夜法会(やぼえ)」と呼ばれる神事が行われていた。この神事は蘆屋道満もしくは安倍晴明の修法がその起源とされていたことが慶長三年の年記がある『安堵社神験記』(二点存在、内一点は延宝九年以降の書写) をはじめとする神社関係の史料に記述されている。晴明説は『簠簋内伝』を下地に創出されたと考えられることが史料より読み取れ、道満説については不明な点が多いものの、町内にある蘆屋道満屋敷跡周辺の人々により語られていた可能性が考えられる。これらの説の成立時期は不明だが、近世には晴明説が衰退したと考えられ、現在は道満説のみが伝えられている。また、夜法会は修正会に関係する行事であった可能性が高いことも明らかになった。この事例の調査で多くの知見を得ることが出来たが、検討の余地がある部分もまだ多く、引き続き検討を続ける必要があると考える。(中村一輝記)


中島和歌子氏「『紫式部日記』の陰陽道概観―平安文学作品における陰陽道の諸相―」

『紫式部日記』寛弘五年(一〇〇八)九月十日条の官人陰陽師(おんようじ)達による中宮藤原彰子安産祈願の祓(はらえ)の場面では、『実方(さねかた)集』六四など同じく中臣祭文が引用されている。翌十一日戊辰には「日遊(にちゆう)在内」により産座が土御門第寝殿母屋から北廂に移されたが、理由は書かれていない。他にも、翌年元日丁巳の坎(かん)日(にち)による戴餅(いただきもち)延引を除くと、五夜(ごや)と七夜(しちや)の間の夜の月蝕、十一月一日戊午の敦成(あつひら)親王五十日(いか)当日の天皇の物忌、同期間の彰子の物忌など、漢文日記などからわかる禁忌が不記である。方違や占いなども見える『源氏物語』や『紫式部集』と比べても陰陽道の要素自体が少ない。不吉なことを書かないのは、主に慶事の記録としての役割ゆえであろう。また、十一月二十八日乙酉の賀茂臨時祭では一条天皇の物忌による祭使らの参籠で「細殿わたり」が騒がしいと批判し、還立(かえりだち)の御(み)神楽(かぐら)の短縮には頓着せず、供御薬(みくすりをぐうず)では陪(ばい)膳(ぜん)女房の装束が御生(しょう)気(げの)方(かた)の色ではないことを繰り返し称賛するなど、『枕草子』の価値観と逆のものを提示する傾向がある。 (中島和歌子 記)


 


2024年4月4日木曜日

2024年10月 若狭地方博物館三館で「陰陽師とは何者か」展開催


昨年、国立歴史民俗博物館にて開催され大きな反響をいただきました企画展示「陰陽師とは何者か」を受けて、福井県嶺南地方 若狭地域にある「福井県立若狭歴史博物館」(小浜市)/「おおい町立郷土史料館」(おおい町成和)/「おおい町 暦会館」(おおい町名田庄)の3つの博物館・資料館で関連展示会を共同開催いたします。

陰陽道(安倍晴明の子孫、のち「陰陽道宗家」 土御門家)に所縁深い地 若狭地域での開催となりますので、名田庄 納田終地区にある「土御門史跡」散策・見学とも併せて御観覧ください。

令和六年 秋季特別展 「陰陽師とは何者か」
【会期】令和6年(2024) 10月5日(土)~11月4日(月)
【会場(主催)】福井県立若狭歴史博物館(小浜市)
        おおい町立郷土史料館(おおい町成和)
        おおい町 暦会館(おおい町名田庄)
【協力】人間文化研究機構 国立歴史民俗博物館

【詳細】
福井県立若狭歴史博物館
大飯郡 おおい町立郷土史料館
名田庄 おおい町 暦会館


■秋季特別展記念講演会
2024年10月26日(土)13:30
会場 若狭歴史博物館講堂
講師 小池淳一氏(国立歴史民俗博物館 教授)
料金 無料

★本展に関する詳細情報は順次情報更新いたします!


2023年9月27日水曜日

企画展「陰陽師とは何者か-うらない、まじない、こよみをつくるー」関連書籍の案内

 10月より国立歴史民俗博物館で開催される企画展示「陰陽師とは何者か-うらない、まじない、こよみをつくるー」に関連して、三栄書房『時空旅人』 2023年 11月号 Vol.76は特集を「陰陽師と古代暦の世界」と題して、陰陽道と陰陽師の仕事・歴史・現状と「暦の歴史」が取り上げられています。


『時空旅人』2023年11月号(Vol.76) 9月26日 発売
特集 ”陰陽師と古代暦の世界ー失われたいにしえの時を求めて」


詳細は三栄書房の当該ページを参照ください。

https://shop.san-ei-corp.co.jp/magazine/detail.php?pid=12958


2023年9月19日火曜日

【国立歴史博物館】企画展 「陰陽師とは何者か-うらない、まじない、こよみをつくるー」

 この10月3日(火)より12月10(日)にかけて、千葉県佐倉市にある国立歴史民俗博物館にて、企画展示「陰陽師とは何者か-うらない、まじない、こよみをつくるー」が開かれます。


国立歴史民俗博物館 企画展示

「陰陽師とは何者か-うらない、まじない、こよみをつくるー」

【会期】

令和5年(2023) 10月3日(火)~12月10日(日)

国立歴史民俗博物館 当企画展ページ https://www.rekihaku.ac.jp/exhibitions/project/index.html

【趣旨】

陰陽師とはどのような存在だったのでしょうか。この展示では、あまり知られていない陰陽道の歴史とそこから生み出されてきた文化をさまざまな角度からとりあげて考えてみます。古代において成立した陰陽道は中世から近世へと数百年にわたり、その役割を広げながら、時代とともに多様に展開していきました。その姿を都状(とじょう)や呪符など具体的な史資料をもとに、明らかにしていきます。

安倍晴明は平安時代の実在した陰陽師ですが、陰陽道の浸透とともに、伝奇的なイメージが付け加わっていきます。その姿を追うことで陰陽道の性質をとらえることも試みます。さらに陰陽師たちが担った暦について、その製作や形式、移り変わりの様子を見つめることによって、人びとが陰陽道に求めたものが見えてくるでしょう。


【みどころ(本企画展示の内容と目的)】

  • ・暦や占いの知識を集成した「金烏玉兎集(きんうぎょくとしゅう)」(通称:(簠簋(ほき))や現存最古の「大ざつしよ」など、確かな史資料にもとづいて時間と空間を意味づけた陰陽師のリアルな姿を明らかにする。
  • ・陰陽師が用いた呪符も展示。古代から近代のはじめに至る陰陽師の足あとをたどる。
  • ・平安時代に活躍した陰陽師、安倍晴明の「ものがたり」を通して実像に迫る。
  • ・天体の位置を観測して暦を作るための器械「渾天儀(こんてんぎ)」や、天保暦からグレゴリオ暦に変わる、最後の旧暦資料「明治六年癸酉頒暦(きゆうはんれき)」から暦に託されたさまざまな知識や工夫を読み解く。

【図録】


B5判 並製
定価:¥2,500(税別)
《図録内容紹介》
 いま「陰陽師」といえば、多くの人が思い浮かべるのは、小説やマンガなどに描かれる、人知を越えた霊的な能力を持つ平安時代のマジカルな存在、安倍晴明の姿だろう。

しかし陰陽師は平安貴族の政争のなかにだけいるのではなかった。
 歴史を通じて、古代から明治はじめまで陰陽師は存在し、社会のなかで大きな役割を果たしてきた。

時間と空間(方位)の吉凶を調整し、占い、祭祀、まじないに携わることによって、国家の存立からお産・病など個人のくらしにいたるまで、人々に安心をもたらし、未来への指針を示してきた。各時代の暦の作成・頒布にも深く関わった。

そのために最新の知識・技術や経験を継承し、時間と空間に対する感覚をつちかい、磨き上げ、それらを人々に伝える真摯な努力を続けてきたのが陰陽師である。

本書は、具体的な資料にもとづいて、古代から近代にいたる歴史のなかで、陰陽師がどのような役割をはたし、どういった文化を担っていたのかを紹介する。
また、安倍晴明にまつわる「ものがたり」も取り上げ、伝承の世界の陰陽師像についても見つめ、最後に陰陽師たちが作り、広めた暦に焦点をあて、その現代に至るまでの姿を追いかける。
240点以上の資料をカラー写真で掲載。

【※2023年10月3日から12月10日に国立歴史民俗博物館で開催する同名企画展示の図録】

★図録についての詳細は以下のページをご覧ください
    https://www.hanmoto.com/bd/isbn/9784909782212  (版元ドットコム)
 ⇒図録は会場である国立歴史民俗博物館、各オンライン書店等で購入できます。
[発売日]10月10日より 

 ~国立歴史博物館ミュージアムショップ~
         https://rekihakushop.shop-pro.jp/

 ★れきはくオリジナルキャラクター(ミュージアムショップ コンシェルジュ)の「ハニワス
  キー」が、図録を始めオリジナルグッズなどの紹介を"X"(旧Twitter)とInstagramで
  発していますので、こちらもチェック!
 ★本展示でも図録のほか、オリジナルグッズの発売を予定しております。
  グッズは10月3日より販売開始となっておりますので、ご注意ください!

ハニワスキーの"X"   https://twitter.com/haniwasky



           
〔上記使用画像・説明文 引用元〕国立歴史民俗博物館ホームページより

【会場・お問い合わせ先】
〒285-8502 千葉県佐倉市城内町117 
大学共同利用機関法人 人間文化研究機構 国立歴史民俗博物館

《一般的なお問い合わせ》
  ハローダイヤルへお電話をおかけください 受付電話:050-5541-8600
《展示に関わる事》
 担当係:広報サービス室広報・普及係
※電話によるお問い合わせは受け付けておりません
《図録およびグッズ等について》
 国立歴史民俗博物館ミュージアムショップ
※最下部「お問い合わせ」のページ(メールフォーム)にてお問合せください





★なお会期中(10/8)には「陰陽道史研究の会」秋季研究会が行われます