2019年9月8日(日) 11:00-17:30
会場:佛教大学 紫野キャンパス 15号館1階ホール
テーマ:陰陽道と災異・怪異
11:00 開会
11:10-12:30 山口えり「日本古代の陰陽道と「理運」の思考」
12:30-13:30 昼休み
13:30-14:50 濱野未来「地震勘文からみる中世日本の地震認識」
15:00-16:20 木場貴俊「近世怪異認識と対応―陰陽道史研究との関係から」
16:30-17:30 総合討論
参加者30名
■第8回「陰陽道史研究の会」参加記 木下琢啓
2019年秋季の例会となる第8回陰陽道史研究の会は9月8日(日)佛教大学で開かれた。「陰陽道と災異、怪異」というテーマのもと、山口えり氏、濱野未来氏、木場貴俊氏による発表が行われた。司会進行は赤澤春彦氏が担当した。なお、今回は東アジア恠異学会にも参加を呼びかけ、多くの参加者を得た。
最初は山口えり氏が「日本古代の陰陽道と「理運」の思想」と題して、陰陽道関連史料を中心に各種史料中に登場する「理運」という語について調査・研究の成果を発表された。
氏は、まず「理運」という語は元来「道理にかなった巡り合わせ」や「変革の因果関係」を説明する用語であったが、日本では道理や因果に関係なく「災異が起きる原因」(特に旱害・水害の原因)を説明する際に陰陽師が利用する独自の用語へと変化した事を説明。
やがて「理運」は陰陽道の枠を超えて利用され始め、十世紀中葉になると陰陽寮と共に災因の特定にも参加するようになった神祇官の卜(うらない)にも登場し、十一世紀中葉に密教が陰陽道を積極的に吸収し始めると「理運」という語もまた密教の中に浸透したという。
当初陰陽道で専ら使われた「理運」という語が「災害を発生させた原因」という普遍的な意味の語として神祇信仰や密教へも広がっていく様子から、それぞれが相互関係を強めていく過程も同時に読み取ることが出来る事を多様な史料を使って示された。質疑応答および意見の時間では、出典についてや文言についての質問が出た。
次に演壇に立った濱野未来氏は「地震勘文から見る中世日本の地震認識」と題し、陰陽師とは密接な関係にある地震について、中世の陰陽師によって出された地震勘文を表現と構成の二面から分析していく事で、変容・変遷を検討した結果を発表した。
まず濱野氏は陰陽道研究史において勘文の研究、特に観念的区分や編年的な研究が希薄である事と、陰陽道史以外からの災異勘文へのアプローチが行われてこなかった事を指摘し、改めて勘文の内容吟味の重要性を説明。そして中世より地震勘文に独自の表現が登場する所から、中世陰陽師は地震の吉凶・予兆の評価だけでなく、揺れ方や音などから地震の種類を特定するという「分類作業」を伴うようになった事が一つの特徴にある事を解き明かした。
そして地震勘文上における揺れ方や音=地震動表現の記載位置にも注目し、その初見とされる中世初期には吉凶を図る一典拠程度だったものが、時代が進むにつれ、勘文本文の冒頭に記載されるようになった事から、地震動表現は重要な判断基準になっていたのではないかと結論した。質疑応答・意見としては、「地震発生」の基準についてや地震を理由とする改元について、宿曜僧の関与の有無についての質問が上がった。
最後に木場貴俊氏は「近世怪異認識と対応―陰陽道史研究との関係から」というテーマで、近世における「怪異」への認識と対応についての考察を陰陽道の対応例にも注目しながら考察を発表した。
氏はまず近世の陰陽師(土御門家)が怪異にどう対処していたかを史料を例示して説明。近世になると陰陽師の利用者層は無限定となっていき、公家だけではなく武家から町方・村方…と幅広く相談を受けるようになっており、内容も神社の神鏡落下から狐憑きに至るまで実に広範囲になったという。また民間では土御門家配下陰陽師達の活動の他、陰陽師の能力を特徴づける逸話や『大ざつしょ』をはじめとした諸々のまじない・吉凶判別法を記した書籍も普及しており、身分差や地域差を超えて需要のあった陰陽道の持つ対怪異の知識は商品化され、広まっていた事を明らかにした。
その上で、近世社会では新しい立場からの怪異へのアプローチも試みられていた。法度によって怪異の基準を設定したり、怪異を学問的解釈(経験論や朱子学の理論)によって説明を試みる等、「非宗教的」見地から「怪異とは何か」という根本的問題に迫る人々も登場した時代でもあったという。
これらの事から、近世は怪異認識と対応が多様化した事によって怪異への対応もまた様々な選択肢が併存していた事、さらに怪異自体が文芸作品や逸話で語られるようになっており、すなわち怪異が人智の及ばない「神秘的なもの」ではなく、人間の解釈によって如何様にも制御出来る存在になっていたのではないかと結論付けた。
三氏の発表がすべて終わった後の総合的な質疑応答の時間では、各氏の研究発表に対する質問や意見開陳もさることながら、今会のテーマとして設定されていた「怪異」「災異」そのものについて議論が白熱した。特に「災異」の扱いについて、これがあくまで「怪異」の一つなのか、それとも怪異とは切り離して一つの変異と認識すべきか否か、発表者だけでなく参加者も盛んに質問や見解、持論を発表した。
今回演壇に立った三氏は、「理運」という言葉や「地震時の“揺れ方”や“音”」、そして「怪異の解釈」という、いわば「表現」という視点から、多様性に富む陰陽道の一側面を明らかにする事に挑んだ力作揃いであった。斯道研究は一種特殊な内容のもの故、陰陽道そのものや、その従事者たる陰陽師の活動を研究の中心軸に置きがちになる。今回の三氏による発表は、その枠に嵌らない事で陰陽道の新しい側面を明らかにした、充実した内容であった。